6:00
 ジュノは基本的にプレイヤーが国民になることはできない。
 しかし、今回の選挙で当選した各知事はジュノ国民となり、普段プレイヤーが使うレン
タルハウスよりも格段に広い自室を持つことができる。
 その、知事に与えられる自室よりは狭いが、レンタルハウスよりはずっと広い部屋に立
候補者が自室をして使っている。狭いといっても4LDKの広さだ、3国の自室は目じゃな
い広さである。
 その広い部屋で朝を迎えた立候補者がいる。
カタカタ カタカタ
 部屋にタイピング音が響く。
 彼女はウエーブかかった髪を後ろにはらう。
 彼女は今、フレンドに送るためのメッセージを制作している最中だ。
 メッセージは自分のフレンドに手紙の様な文章を送るシステムで、送った後きっかり2
時間後に相手に到着する仕組みだ。これを使えばたとえログインしてないフレンドにもメ
ッセージを残すことができる。
「おはようアリス、朝飯できてるぞ。」
「おはようアル、ちょっと待って。もう終わるから。」
 アリスはタイピングのスピードを上げて送信する。ディスプレイには送信成功と出る。
「おはよう、じゃ失礼ね。おはようございます、アルトニオ下層知事。」
「よしてくれアリス、まだ決まった訳じゃない。」
「フフフ、私を疑うのかしら?」
 微笑みながらアルトニオの方に振り向く。
 二人並んでリビングに向かう。一人はアルトニオ。今日のジュノ下層知事選挙の筆頭候
補。もう一人はエルヴァーン女性のアリス。アルトニオの選挙参謀である。

6:12
 アルトニオとアリスはメープルテーブルを囲んで早い朝食をすませる。最近の選挙活動
のおかげですっかり朝型が板についてしまった2人だ。
「選挙活動は昨日でおわりだろ?投票は夕方に行くとして、今日はのんびりしないか?」
「残念。8:00からジュノで最後の演説よ。」
「あん?なんだ、まだあるんじゃないか。」
「選挙権を持つ一般プレイヤーにおさらいを兼ねた最後の演説よ。それに、のんびりでき
る訳ないでしょ?投票日なのよ?挨拶とかあるじゃない。」
「なんだよ挨拶って。ダルマの目でも入れるのか?」
「そうそう!そんな感じよ。いいじゃない!」
 和気あいあいと楽しそうに話す2人である。
 2人はかなり初期からのプレイヤー同士で付き合いも長い。まさに気心の知れた仲である。
今回の選挙でアルトニオが立候補すると言い出した時、まっ先に推薦人になったのもアリ
スである。
 そのままのノリで選挙参謀を買って出たアリスだが、アルトニオが筆頭候補になったの
はアリスの手腕のおかげであるといっても過言ではない。アルトニオもアリスにこんな才
能があったとは思いもしなかった。
「さてと、私はシャワー浴びてくるわ。これが8時からの演説の原稿ね。1人頭たった10
分の演説だからちょっとなものよ。私が戻るまでに覚えちゃってね。」
「ほいほい。浴びていらっしゃいな〜」
 アリスは食器を台所に置くとシャワーを浴びにいった。
 アルトニオは渡された原稿をパラパラめくる。
「なんだ。いつものと大して変わらないな。」
 当然といえばそうだ。今さら演説内容を変えたところで劇的な変化は見込めない。
「切り札は最後の最後までとっておくもんだ。」

6:34
「出たわよ〜アルも入りなさい。」
 アリスはトレードマークのメガネをかけて出てきた。メガネをかけているといっても別
に目が悪い訳ではない。拡大眼鏡という裁縫スキルがそこそこ高くないと手に入らない代
物である。
 しかし、アリスはそこそこどころか名の知れた裁縫職人である。裁縫職人の間では「銀
糸の魔術師」の通り名を持つほどの腕の持ち主だ。
「はいはい。わかりましたよぅ。」
「私はちょっと買出しに行ってくるわ。演説はジュノだしね。でもすぐ戻るから。」
「おう。いってらっしゃいませ。」
 そういうと、アリスは部屋から出て行った。
「さてと、シャワーにするかな。清潔感を出すためって理由で髪を短くしたのはいいが、
寝グセが直らないのが傷だな。」
 ブツブツと独り言を漏らしながらシャワーに向かう。
「……そういえばアイツ、誰にメッセージ送ってたんだ。」
 妙な予感がする。
 シャワー室に向かう途中にアリスの寝室がある。その寝室の前でアルトニオの足が止ま
る。
「……まだ、帰ってこないよな?」
 アルトニオはアリスの寝室に忍び込む。
 寝室にはベットの他に机とパソコンが置いてある。机には積み上げられた書類や手紙で、
ちょっとした山脈ができている。そのすべてが今日の選挙関係のものである。
 アルトニオはパソコンに触れる。パソコンの電源は入ったままだった、アリスがまた使
うために電源を切らなかったのかもしれない。
 その、パソコンからメッセージ機能を呼び出す。そこから送信済みのフォルダから6時
前後に送られたメッセージを探す。
「6:04送信完了、これか。」
 それを選んでクリックするが
≪パスワード: ≫
 と、パスワードの入力を求められた。
「ふぬ。下手に入力しないほうがいいな。」
 それは、間違ったパスワードを入力した場合に、その履歴が残るかもしれないからだ。
 アルトニオは他の物に手をつけないように部屋を出た。

6:52
「ただいま〜」
 アリスが紙袋を抱えて帰って来た。それも両手にだ。
「おかえり。また大荷物だな、何買って来たんだ?」
「今晩は御馳走にしないといけないからね、昼間は忙しから今のうちに買い込んできたの
よ。」
 そう言うと袋を抱えたまま台所に行き、食材の山を冷蔵庫に片づけていく。
「それはそうと、いつまで裸でいるの?服着なさい。」
 アルトニオはシャワーから出て、腰にバスタオルをまいたまま台所で水を飲んでいた時
にアリスが返ってきたのだ。

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