7:00
 アルトニオはウォーアクトンに着替えて、ゆったりとソファーに座りくつろいでいる。
横を見ると台所でアリスが、裁縫ギルド印のエプロンを着て今晩の御馳走になる食材の下
ごしらえをしている。
 世間一般では対立候補であるマヤが優勢と言われ、勿論その風評はこの2人の耳にも入
っている。しかし、全く焦ることもなく、2人ともリラックスした朝を過ごしている。むし
ろ、余裕なものだった。
 アルトニオはテレビのリモコンを掴んで電源を付ける。そうすると、丁度朝のニュース
番組が始まったところで、これから放送される予定のラインナップを紹介していた。
「この後すぐ、昨日選挙で当選されたジュノ港知事のジッタヴァンタ氏をお招きして、所
信表明と今後の意気込みのインタビューを。その後、8時丁度から本日執り行われるジュノ
下層知事選挙の立候補者の方々をお招きして、最後の演説をしていただきます。」
 ニュースキャスターと思われるヒゲを蓄えたヒュームが説明している。
「なぁアリス。このニュースに出るのか?」
 アルトニオがテレビを指さしながら聞いている。
 アリスは振り向いて目を少し細めてテレビを見ると。
「あ。そうそう。そのニュースよ。」
 と、答えると、また台所に向き直って下ごしらえの続きをする。
「確かこのニュースってニュースキャスターのサンちゃんが出てるやつじゃないか?あの
子かわいいよな〜まさに名前の通り太陽の様な笑顔がさ。」
「そうね〜そういうのって本当、タルタルって得よね〜」
 アリスはそう言いながらスタンと、一際大きな音を立てながらクファールの肉を両断し
ている。

7:18
 アルトニオはテレビを消して、朝渡されたスピーチ原稿を読んでいる。アルトニオも散々
演説をしているので、原稿を言ったところで精々5分程度なのがわかる。きっと、この後に
ニュースキャスターに質問させる時間が残る様な内容になっているのだろう。
 次のページをめくってみると、アリスが考えたキャスターから質問されると予想される
質問と、その質問への適切な返答がまとめられている。アルトニオの考えはまるでお見通
しだった。
「恐れ入るねぇ〜」
 自分にしか聞こえない程度の小声をもらす。
 とはいえ、時間を限られたスピーチだけあって、質問も特に変わった物もなく、何度も
答えた質問ばかりなので改めて見直す必要はないと思った。そう思うと原稿をテーブルに
投げ捨てる。
「あ。ここだけ一応、確認しておいてくれる?」
 両手にコーヒー入りのマグカップを持ちながらアリスが隣に座る。そうして片方のマグ
カップをアルトニオに手渡した。
 そして、テーブルに投げられた原稿を取り、ページを何枚かめくると一項目だけ指さし
てアルノニオに見せる。
「んー?なになに?」
 アルトニオはマグカップを口に運びながら原稿を見直す。
 アリスが指さしているのは質疑応答の最後の質問で、その質問は≪対立候補に何か言い
たい事はありますか?≫と、書いてある。
「なるほど、そう言えば他の候補と一緒に演説なんてしたこと無かったからな。」
「うん。返答はとりあえず書いてある通り、共にヴァナ・ディールを想う者同士とか、共
に良い戦いをしたいとか、そんな感じな事を言ってね。相手を蔑む発言は逆にマイナスイ
メージにつながりかねないから気を付けて。
 この対立候補っていうのは暗にマヤ候補へ向けられた質問よ。他にも候補は大勢いると
はいっても、実際はアルと一騎討ちなんだから。」
「ああ、そうだな。気を付けよう。」
「えぇ。あくまで紳士的にね。」
 原稿をはさんで最後の打ち合わせをする2人であった。

7:35
 アリスは壁に掛かっている時計を見る。この時計は2人の共通の友人の彫金師に作って
もらった物で、遠目でも凝った造りなのが分り、間近で見ると気が遠くなるくらい凝った
造りなのが分る。まさに業物だ。
「アル。そろそろ行きましょうか。」
「おう。そうだな。」
 そういうと2人は軽く準備を始める。
 アリスは手帳などと一緒に脇差程度の短刀を2本持つ。アルトニオは鏡の前に立つと軽
く髪を撫でつけ、刀身が少し長い片手剣を佩く。
 どちらも帯刀しているが、誰かに危害を加えるつもりがある訳でもなければ、別に危機
が迫っている訳でも護身用な訳でもない。ただ単に2人とも冒険者なので武器を持つのは
日常的な事なのだ。
「よし。準備OKだ。」
「それでは行きましょう。」
 2人揃ってドアを出た。綺麗に整理された部屋は、選挙に当選したら晴れて自分の自室に
なる。それまでは綺麗に使おうというのがアリスの考えだ。アリスが使う寝室を除いてだ
が。アリス曰く、部屋は散らかっているが手紙一枚違わず、置いている場所が分かってい
るらしい。

7:49
「アルトニオ候補、到着されましたー!」
 アルトニオとアリスが吟遊詩人の酒場に入ったとたんに、誰かが叫ぶ。
 すると短髪のヒュームがこちらを振り向き自身に向かってくる。
「お待ちしてました、アルトニオ候補。私はジュノ選挙管理委員のチュウタツです。この
後の簡単な説明をします。」
「ああ。よろしくな。」
「ご存じの通り選挙活動期間は昨日で終わっているので、8時からのはジュノ選挙管理委員
公認の例外公告になります。
 内容に制限はありませんが、ヴァナディール チャンネル5のニュースキャスター サ
ンちゃんのインタビューに答えていただくことになります。
 時間は10分です。たとえ話の内容が途中であっても打ち切りますので注意してください。」
「お。サンちゃん来てるんだ?あの子のファンなんだよねー」
「おっほん。」
 後ろに立っているアリスが軽く咳払いする。
「……では。あちらのテーブルに腰かけてお待ちください。もう本番です。」
「おう。了解了解。」
 手をひらひらと振りながら、アルトニオはテーブルに向かう。
「すみません。チュウタツさん。余り口は良い方じゃないので。」
 アリスはチュウタツにフォローを入れている。
 アルトニオが席に到着すると、対立候補であるマヤはもう既に着席していた。
「おはよう、アルトニオ君。今日はよろしくね。」
 マヤが先に挨拶してきた。
「おはよう、マヤさん。今日はよろしく。」
 アルトニオは挨拶されたから、挨拶し返すぐらいの気持ちで答え、マヤと握手を交わす。
 マヤもアルトニオも2人とも笑っている。顔だけでない、「目は口ほどに物を言う」とい
うが2人とも目も笑っている。
 2人は目の、瞳の奥に燃え盛る闘志ですでに臨戦態勢なのに気付いたのはこの場でアリス
くらいだろう。
「本番5分前です。」
 それを聞くと、アルトニオは計3台あるテレビカメラを素早く確認して本番に備えた。

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