9:00
「アル!この爆発は本命じゃないわ!」
「え?え?何言ってんの?」
 アルトニオの盾になっているアリスは大声で話す。
 耳鳴りと厚い煙ですっかりうろたえているアルトリオを尻目に、アリスは短刀を構えて
戦闘態勢を取っている。
「煙は多いけど爆風はほとんどないわ。これは囮よ!
 いったん吟遊詩人の酒場に戻るわよ。」
「あ、あぁ。わかった。」
 アリスはアルトニオの返事を聞く前に、袖をぐいぐい引っ張っていく。
 厚い煙が周りを取り囲んでいるが、吟遊詩人の酒場の前で立ち話をしていたため、迷う
ことなく酒場にたどり着いた。
「おぉ、アルトニオ候補。ご無事でしたか。」
 酒場に入るとチュウタツが駆け寄ってきた。
 酒場に戻るとすぐさま扉を閉める。酒場の中も外の様子を把握するために情報が飛び交
っている。その内容は有ること無いことが入り混じっているため確証にはいたらない。
「アル。ケガはない?」
「あぁ。大丈夫だ。しかし、今の何だったんだ?」
「わからないわ。とりあえず落ち着くまでここにいましょう。」
 アルトニオは座り込んで頭を振っている。
 吟遊詩人の酒場の出入り口は、いまアルトニオとアリスが入ってきた扉しかない。その
ため不審者が入ってきたら必ず目に付く。そして、いま酒場の中にはヴァナ・ディール チ
ャンネル5のスタッフと選挙の立候補者とジュノ選挙管理委員しかない。そのため既に不
審者が侵入している可能性も少ない。吟遊詩人の酒場は安全だろう。
 アルトニオは、まだ耳鳴りが残っている様子で、ジュノ選挙管理委員から手渡されたア
ップルジュースを飲みながら少しずつ落ち着きを取り戻している。
 一方アリスは、酒場のドアのすぐ近くの椅子に陣取って、アルトニオを気にしながらも
不審な人物が入ってこないか警戒している。

9:20
「しかし。今のは驚いたな。」
 アルトニオが話しながらアリスの隣にすわった。
「アル。もう平気なの?」
「あぁ。耳鳴りのおかげで頭がクラクラしたけどな。しかし、アリスは何てこと無いって
感じだな。」
「空蝉の術よ。あなたを護衛している時は切らさない様にかけてるの知らなかったの?
 爆音は私の代わりに分身が受け止めてくれたわ。」
「なるほどな。便利なもんだ。」
 2人はまだ酒場にいた。今さっき爆発があったのだし、当然といえばそうなのだ、アリス
は爆煙が収まるまでは酒場にとどまるつもりだ。
 酒場は落ち着きを取り戻している。ジュノ選挙管理は人的被害が出ていないか調べるた
め殆どが外にではらっているし、ヴァナ・ディール チャンネル5のスタッフは選挙放送
を早々に切り上げて外の爆発現場の取材に出ている。第二波があるかもしれないのにも関
わらず取材に出るジャーナリスト魂には感服だった。
「それで。今の爆発なんだったと思う。」
 アルトニオは我が参謀のアリスに聞く。
「んー。正確なことはなんとも。でも、タイミングからして、選挙を妨害しようとする愉
快犯の仕業でしょう。
 まぁ。今日の選挙に影響を与えるとは思えないわ。」
「うん。明解な分析だ。」
「でもそれは推測にすぎないわ。もし、被害者が出れば話は別よ。
 被害者がいたら爆発はまさに囮役になる。誰かが周到に計画した可能性が出てくる。」

9:36
「きぃぃぃぃいいいいいいいいい〜〜〜〜!!」
 ドアを蹴破らん限りの力でドアを開けて入ってきたのは、ヴァナ・ディール チャンネ
ル5のキャスター サンだった。
「なんなのです?なんなのです!?あのタルタルはぁ!!」
 サンは大変ご立腹の様子だ。
 ついさっき、外の爆発現場をスクープすると他のスタッフを引連れて出て行ったはずの
サンだったのだが、お怒りになられて戻ってきた。
「あれ?サンちゃん。真っ赤な顔してどうしたの?」
 アリスと話していたアルトニオだが、まるでミスラントマトの様に真っ赤な顔になって
いるサンを見て話しかける。
「むむ。アルトニオ候補。今おもてで取材してたのですけど、あのタルタルが……あんの
タルタルがぁ!」
「うん。そのタルタルが?」
「私からテレビカメラを奪ったのです!!」
「……うん?」
 ご立腹の理由を聞いてはみたものの、アルトニオには理解できない怒りであったため、
何を言えばいいのか少し困っている。
 その時、またも勢い良く酒場のドアを開けて人が入ってくる。今度はジュノ選挙管理委
員のチュウタツだった。
「た、大変だみんな。マヤ候補が誘拐された。」
 慌てるチュウタツの後ろから、今度はタルタルが入ってくる。
「大変です。マヤ候補が誘拐されました!」

9:42
 吟遊詩人の酒場にある丸テーブルに4人座っている。
 1人はジュノ選挙管理委員のチュウタツ。
 1人はヴァナ・ディール チャンネル5のキャスター サン。
 1人はアルトニオ。その後ろにアリスが立っている。
 そして、最後にチュウタツの後から酒場に入ってきたタルタルが座っている。
「まず。こちらの方。マヤ候補の秘書でカレンさんです。」
 チュウタツがタルタルを紹介した。
「カレンさんから何があったのか詳しく話してもらいましょう。」
「はい。40分前に爆発がありましたが、あの時の厚い煙に乗じてマヤ候補を誘拐したと
思われます。
 犯人の目的は分かりませんが、推察するに今日の選挙の妨害と思われます。
 そのことを少しでも多くの人に知ってもらうために、ヴァナ・ディール チャンネル5
のカメラを借りて放送させていただきました。」
「ふーん。アレを借りてですか。あーそうですか。」
 サンはカリカリしながらカレンの話を聞いている。
「先ほどは失礼しました。でも、急を要したんです。」
 カレンが謝罪するが、それでもサンはプリプリ怒っている。
「それで……」
 2人のタルタルに割って入ったのはアルトニオだ。
「マヤ候補はどうするんだ?たす……」
 アルトニオが話していたが、その途中でアリスが袖をひっぱる。
 そのままアルトニオを連れて酒場の隅に移動する。
「アル。」
 アリスは低い声で話す。読唇術の心得がなければ何を言っているのか分らない程の低い
声でだ。同じ酒場にいても2人の会話は他の者には聞こえないだろう。
「アル。助けに行くって言うんでしょ。」
「当たり前だ。この状況で一番に疑われるのは対立候補の俺だ。」
「そうだけどアルが犯人じゃない。だったら堂々としていればいいことよ。
 それに……」
「それに?それになんだ。」
「もしこの事件でマヤ候補が選挙から降りたら、アルは敵無しよ。」
「お前。そんなこと考えているのか?」
 アルトニオはアリスを睨む。その視線を見てアリスはたじろく。
「マヤ候補を誘拐したのは誰だか分らないし、目的も分からない。だけど、アルに優位に
進んでいるのは確かよ。運が向いてきていると思っても違いない。」
「いいや。だめだ!」
 今までの低い声の会話とは打って変わって、アルトニオは大きな声を上げる。
 袖を掴むアリスの手を振りほどいて丸テーブルに戻る。
「俺も、マヤ候補の捜索に協力する。」
 アルトニオは椅子に座りなおしながら宣言した。
「ジュノ選挙管理委員も、ただいま対策班を組織して対策を練っているところです。
 アルトニオ候補の協力とは頼もしいかぎりです。」
「ありがとうございます!」
 チュウタツとカレンが揃って頭を下げる。
「報道と情報収集は本職の私達にまかせなさい。」
 今までそっぽを向いて様子を見ていたサンは、前に向きなおして言う。
 今ここで、マヤの捜索部隊が組織された。
「ふぅ。アルトニオが協力するなら、私も協力しないわけにはいかないわね。」
 ここで、意外にも手がかりを持っていたのはアリスだった。
 アリスはアルトニオの隣に立つ。
「みなさんに紹介しなければならない人がいます。既に面識のある方も居ますけどね。
 入りなさい。」
 アリスの言葉と共に酒場のドアが開く。
「!?あなたは!」
 そう反応したのはカレンだった。

ヴァナ・ディール24メインコンテンツ
TOP inserted by FC2 system