11:00
 マヤと、そして赤い鎧を着たヒューム3人を乗せたボートは、さらに速度を上げる。
 粗末な操舵室だけがついた小さなボートだ。もうあと3人も乗ったら定員オーバーだろ
う。
 そのため、小さな波に乗り上げるだけで、ひどい揺れを起こす。
 マヤは先ほどから注意して回りを観察しているが、進路を変えてはいない。依然、真北
に向かって進んでいる。
 気温がぐんぐん下がっている。
「ねぇ、そろそろどこへ向かっているのか教えてくれないかしら?」
 マヤは試しに聞いてみる。
 だが、ヒュームは誰一人答えない。
 どこに向かっているのかなんて早かれ遅かれ分かる事なのだから、教えたところでなん
の差し支えもないだろう。
 その程度の判断も下せないところを見ると、このヒュームは天晶堂でも末端な位置の人
間なのだろう。
 マヤは諦めて船先を見る。
 ジュノの真北といえば、あるのはクフィム島だろう。
 自分はクフィム島に連れて行かれるのか、それどもその先のベヒーモスの住処や、もし
かしたらタブナジアまで行くのかもしれない。だが、今の時点では分からない。
 先ほどから微かに見えていたクフィム島がだんだん影を大きくしている。
 クフィム島の中央に位置するデルクフの塔も、また不気味に大きくなっていく。

11:25
 ボートが浅瀬に乗り上げる。
 ボートとはいえ無茶をする。このヒュームが末端のスタッフである理由がなんとなくわ
かる。
「降りろ」
 ヒュームはボートから飛び降りて、マヤを呼ぶ。
 マヤはひょいと飛んで着地する。両手を縛られていてもボートから飛び降りるくらい動
作もない。
 マヤは見上げる。目の前には白い巨塔デルクフの塔がそそり立っている。
 位置的にはクフィム島の西の海岸だろう。普段、冒険者がデルクフの塔に入る正門の反
対側の場所だ。
 今いる場所は、岩や谷に阻まれ、海路でないかぎり来る事はできないはずだ。
 そのため、他の冒険者が来ることはない。海路を自由に行き来する手段がないのだから。
 クフィム島なら年中レベリングに励む冒険者がいるため誰かに助けを求めることができ
ると思っていたのだが、あまり期待できそうにない。
「さっさとついてこい」
「分かっているわよ」
 ヒュームがマヤを急かす。マヤは無駄な抵抗はせず付いていく。
 逃げるなら、あの両手鎌を持つミスラがいない今しかない。チャンスが訪れるのをじっ
と待つ。
 あのミスラが再び現れたら、もう交渉で切り抜けることができるとは、思えなかった。

11:34
 デルクフの塔に、裏口から入る。
 デルクフの塔にはミッションやレベリング等で何度も来ているが、裏口があるのは知ら
なかった。
 マヤは先導されるまま、階段をおりてデルクフの塔の地下に向かう。
 途中、マジックポットやギガースなどのモンスターとすれ違ったが、向こうからは襲っ
てはこない。モンスターとはいえども実力差からして敵わないと分かっている。
 階段を降りると広いフロアにでる。
 複数のギガースがいるが、いずれも練習相手にもならない。複数襲ってきたところでな
んの問題もない。
 フロアを通り過ぎて、また通路に入ると行き止まりにさし当る。
 ヒュームはポケットから何か取り出すと、それを壁にかざす。すると、壁と思われた場
所が音もなく開く。
「ここに入れ」
 ヒュームがいう。
 マヤは言われたとおりに、中に入る。
 マヤが部屋に入ると、また音もなく閉まる。
「……ふう」
 マヤは小さく息を吐く。
 チャンスがやっと巡ってきた。
「このドア、たしかクエストかミッションで開けたことあるはず」
 マヤは自分の記憶を探る。
「そう、確かクエストで……」
 狭い部屋の中をくるくる歩き回りながら考える。
 ドアの隙間から外をのぞく。赤い鎧のヒュームが3人、見張りに立っている。
 時間的猶予はあまりないはずだ。ドアを注意深く観察する。
 ぼんやりながら、思い出してくる。
「そう、確かシドさんのクエストで」
 いったん糸口を見つけると、記憶がどんどん蘇ってくる。
 元バストゥーク国民のマヤは、バストゥークで受注できるクエストは粗方コンプリート
している。
 このドアを訪れたクエストも、その1つだ。
 バストゥークにある大工房を仕切る、シドから受けたクエストだ。
「と、いうことは……」
 マヤははっきりと思いだした。
 うまくいけば脱出できるかもしれない。

11:48
 マヤは、もう一度外を確認する。
 以前、赤い鎧のヒュームが3人、見張りに立っている。
 チャンスは今しかない。
「たしか、このあたりに……」
 マヤは縛られた両手でドアを探る。
 すると、すぐに妙な出っ張りを見つける。
「あった、これね」
 マヤは息を呑んで、出っ張りを押す。
「……?おい、モンスターが沸いたぞ。しかもNMだ」
「馬鹿な、こんなところに?おい、応戦体制を取れ」
 ドアの向こうが騒がしくなる。
 それと同時に、ドアが開く。
「おい、ドアが開いたぞ」
「ちょっと待て、このオルナとか言うエビそこそこ強い」
 マヤはドアが開いたと同時に走る。
「おい、女が逃げた。追うぞ」
「お前は残ってそいつらを処理しろ」
 後ろでヒュームの叫び声が聞こえるが、無視だ。
 両手を縛られるため、全速力では走れない。
 オルナというNMは、余り強くはない。せいぜい、3人のうち1人足止めできれば上出来
だろう。
 だが、ドアのギミックで沸いたNMのおかげでイニシアチブが取れた。
 デルクフの塔を出れば、外には沢山の冒険者がいる。外に出ればこちらの勝ちだ。
 マヤはできる限り、全速力で走る。
 通路を曲がり、先ほど入ったフロアに入る。
「うそ……なんで……」
 マヤは、脚を止めてしまう。
 本来なら引き返すべきだが、後からヒュームが追いかけてくる。

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