7:00
 いきなり隣に座って来て自分がジュノ選挙管理委員から派遣されたというカチェアを、
マヤは素直に信じることはできなかった。
 第一に飛空挺というタイミングがおかしいし、仮にジュノ選挙管理委員であったら声を
ひそめる必要なんて全くない。
「それで、ジュノ選挙管理委員のカチェアさん。何の用事なのですか?」
 秘書カレンが2人の間に割って入る。
「ご友人ですか?できれば僕はマヤ候補と2人で話をしたいのですが。」
「かまいません。彼女は私の秘書です。」
「ねーさま……」
 カレンは自分を秘書と呼んでくれたことに感動している。
「そうですか、まぁいいでしょう。」
 カチェアは一層、声をひそめて話す。
「これはまだ確認が取れてない要件が多いので、私が秘密裏に派遣されました。」
「本題を教えてください。」
 マヤは毅然な態度を取る。
「……実はマヤ候補、貴女の命が狙われているという情報がある筋からもたらされました。」
「なんですって!」
「えぇっ!?」
 マヤとカレンは驚く。
「ですが、さっきも言ったように確認できていない要件も多いです。そのため僕は貴女の
ボディーガードとしてジュノ選挙管理委員から派遣されました。」
「そうでしたか……」
 マヤは動揺しきっている。
「その確認できない要件っていうのは何なのですか?」
 マヤより先に冷静さを取り戻したカレンは、カチェアに聞く。
「はい、まず誰が狙っているかです。」
「それは、ねーさま……オッホン。マヤ候補の対立候補でなないのですか?」
「その線は薄いです。貴女も知っているでしょう?冒険者が冒険者の命を狙うことなんて
できないことを。」
 カチェアの言う通りである。
 バリスタやブレンナーといった冒険者同士で戦うこともできるが、それはあくまで審判
とルールがある場で行われライセンスを必要とするし、もちろん相手の命を奪うことはで
きない。数少ない対人戦がこれほど例外なのだから、普段のフィールドであれば命を奪う
ところが、傷ひとつ付けることすらできない。その為、冒険者は剣を鞘に納めたりしない
でも平気に街中を闊歩できるわけだ。
「命を狙われる?私の?命を狙われているってどういう事ですか?」
 未だ動揺しているマヤがカチェアに聞く。
「そうです、それも確認できない要件の1つです。」
 カチェアは眉間にシワを寄せる。
 マヤの動揺の理由はこれだ。普段、冒険でモンスターとの戦いでHPを削り切られ倒さ
れても、ホームポイントと呼ばれる事前に登録している町に戻ることができ、経験値をロ
ストするが復活することができる。モンスターにも命を奪われることはない。
 それなのに自分の命を狙われている。このヴァナ・ディールに自分の命を奪う方法があ
るのか。この知りえない底が深い恐怖がマヤを縛るのだ。
「そんな、私は殺される訳にはいきません。」
「そのために私が派遣されました。とりあえず、今日の投票時間が終わるまで僕がボディ
ーガードをします。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「僕が派遣されたのは、あくまで念のためです。第一、プレイヤーの命を奪う方法は確認
されていません。まず問題ないでしょう。」
「そう……ですよね。冷静に考えたら心配もないですね。」
「そうですよ、ねーさま!それにカチェアさん、あなた強いのですか?」
「僕は戦士です。怪しい人物がいたら僕が注意を引きつけます。」
「なるほど。注意を引いている間に私とねーさまでタコ殴りですね。」
「ふふ、心強いです。カチェアさん、カレン頼みますよ。」
 冷静になれば問題はなにもない。マヤはそう自分に言い聞かせる。今日までこれほど頑
張ったんだ。こんな所で無駄にすることはできない。
 飛空挺が振れ始める。ジュノ港に到着した。

7:20
「ところでマヤ候補、この後の予定を教えていただきますか。」
 飛空挺を降りた3人は話しながら歩く。行先を知らないカチェアが聞いてきた。
「8:00からジュノ下層の吟遊詩人の酒場でヴァナディール チャンネル5の生中継があり
ます。ですので、15分前には吟遊詩人の酒場に到着したいと思っています。」
「なるほど、わかりました。ではもう酒場に向かいましょう。着くのが速くなると思いま
すが、寄り道は極力避けた方がいいでしょう。」
「えぇ、そうですね。少し私の自室に寄らせてください。メッセージとかチェックしたい
ので。」
「わかりました。では早く向かいましょう。」
 自室に向かうと聞いたカレンは、マヤの2歩前に出て周りをきょろきょろ見回しながら
先頭を歩く。
 先ほどは何の心配もないと話していた3人だが、心なしか歩くのが早まった。

7:26
「ここが私の自室です、どうぞお入りください。カレン、コーヒー3つ入れて。」
「はい、ねーさま。」
「あぁ、どうぞお構いなく。しかし、噂には聞いていましたが、広いですね。」
 立候補者が臨時で使えるジュノの自室は広いと評判なのである。このようなオプション
が付いてるなら立候補しておけばよかったと、嘆くプレイヤーもいるらしい。
 カレンはとたとたと台所に向かい手際よくコーヒーを入れる。その間、カチェアはリビ
ングのソファーに座り、マヤは自室でパソコンをいじっている。
 マヤは自室のパソコンに向い合い、メッセージ機能を呼び出す。そして開いたのは新規
作成のフォルダだった。カチェアにはメッセージをチェックしたいと言ったのにマヤは誰
かにメッセージを送る気だ。
 マヤは後ろを確認する。足音も聞こえないことと、部屋の鍵が閉まっているのを確認す
る。誰も見ていないのを確かめると、軽やかにキーボードをたたく。メッセージはほんの
数行で書き終わり、早々に送信した。メッセージにはForカレンと書いてあった。
 このメッセージは今から丁度2時間後にカレンの元につく。
「お待たせしました。そろそろ行きましょうか。」
 一服しているカチェアとカレンに言う。
「そうですね。いきましょう。」
「ねーさまの分のコーヒーは魔法瓶に入れてあるから持っていきましょう。」
「ありがとう、カレン。」
 カレンは鞄に魔法瓶を突っ込む。
 3人はそろって自室をでていった。知事に当選したらこの広い部屋に執務室がついて、自
室はプライベートルームになり任期の間は好きなように使えるようになる。
 投票開始時間は10時である。

7:38
「マヤ候補、到着されましたー!」
 マヤが吟遊詩人の酒場に入ったとたんに、誰かが叫ぶ。
「お待ちしてました、マヤ候補。私はジュノ選挙管理委員のチュウタツです。この後の簡
単な説明をします。」
「マヤです。今日はよろしくおねがいします。」
「はい。ご存じの通り選挙活動期間は昨日で終わっているので、8時からのはジュノ選挙管
理委員公認の例外公告になります。
 内容に制限はありませんが、ヴァナディール チャンネル5のニュースキャスター サ
ンちゃんのインタビューに答えていただくことになります。
 時間は10分です。たとえ話の内容が途中であっても打ち切りますので注意してください。」
「はい。わかりました。」
「ではあちらのテーブルに腰かけてお待ちください。」
「アルトニオ候補、到着されましたー!」
「アルトニオ候補がいらっちゃったみたいですので、失礼します。」
 マヤは横目でアルトニオを確認すると、酒場の真ん中にあるテーブルに向かった。
 酒場はあまり広くないがテレビカメラは2台つめこまれている。それだけか、マイクや
アンプ等の機材も密集し、床を覆い尽くすほどのコードが走っている。そのためか、スタ
ッフにタルタルが多いのは効率的にみえた。
 先に着席してるタルタル女性で人気ニュースキャスターのサンである。自分の顔より大
き鏡を睨んで髪の毛をいじっている。
「おはようございます。よろしくおねがいします。」
 マヤがサンに挨拶する。
 サンは顔より大きい鏡からちょっと顔を出す。
「あ。はーい。よろしくね。今日がんばって〜」
 それだけ言い残すと、また鏡の陰に隠れた。
 マヤは小さなため息をつくと、ちらりとカレンを見る。カレンは応援のエモーションを
していた。
 それを見て、くすりと笑うと、マヤは筆頭候補マヤの顔になった。
 しばらくしてアルトニオが隣に着席した。
「おはよう、アルトニオ君。今日はよろしくね。」
 そういうとマヤは右手をアルトニオに差し出す。
「おはよう、マヤさん。今日はよろしく。」
 アルトニオは今マヤが言ったのとほぼ同じ返事をしてマヤと握手する。
 周りからみてば朝の挨拶の様に見える。しかし、カレンにはマヤと長年の付き合いから
アルトニオに向けられる闘志を見た。
「本番5分前です。」
 それを聞くとサンはマネージャーらしきグラサンガルカに特大鏡を投げつける、それを
動作もなくガルカが受け取る。

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