9:00
 悲鳴や叫び声が辺りを飛び交う。
 パニックに陥ると、自分の身を守ろうと本能的に体が動く様に思えるが、実は周りが見
えなくなり逆に自分の身を危険に晒す事になる。
 爆発の混乱にうまく便乗することができ、誰にも気づかれずに運ぶことができた。
 パニックは外だけではなく。海神楼でも例外ではなかった。フロントは何があったのか
受付に問いただす者や、テレビにかじりついている者とさまざまだった。
 クエンティンは爆発に巻き込まれた友人を介抱しているかの様に見せかけながら、海神
楼の奥に入っていく。
 天晶堂の宿泊施設の一室にクエンティンが戻ってくる。そして、肩を持っていたマヤを
下ろす。
 一見すると海神楼の宿泊部屋と変わりはない。設備もテレビとベットとテーブルが備え
付けている。しかし、天晶堂の宿泊部屋は完全防音加工されている。そして、この部屋で
は何が起きようが天晶堂は関与せず、そして外に漏れることもない。
 クエンティンはマヤの手首と足首を縄できつく縛り、膝と手首を縄でつなげる。さらに
縄に水をかけて縄を締める。とてもじゃないが縄抜けはできないだろう。
 縛り終わるとクエンティンはマヤの頬を叩く。
「ほら、いつまで寝てるの?起きなさい」

9:25
「う……」
 マヤが意識を取り戻す。腹部はまるで砲弾の球が乗っているのかと思うほど重い。
 目の前には見知らぬミスラが立っている。
「お目覚めかしら?マヤさん。」
「……」
 意識を取り戻すと自分と取り巻く異様な環境に気付く。
 手と足が縛られている?
「あ、貴女はだれです?」
「名乗る程の者じゃないわ。早速だけど要件を言わせてもらう。」
 クエンティンは膝を折り、マヤの顔を覗き込む。
「今日の選挙。棄権しなさい。」
「な、なんですって!」
 この一言でマヤは完全に意識を取り戻す。
 そして、マヤは自分の思考をフル活用して状況分析する。
 自分は誘拐され、羽交い締めにされている。それは、自分に選挙を棄権させるために。
「選挙を棄権しろ?私はそんな脅しに屈さない!」
 マヤはクエンティンを睨みつける。
 きっとこのミスラが、カチェアの言っていた自分の命を狙う者なのだろう。
 だが、このミスラが私を殺すことなどできない。その思いが窮地に追い込まれているマ
ヤに力を与え、強気に言い返すことができる。
 その様子をみたクエンティンは少し考える。そして何かを思いついた様子だ。
「ふぅ。しょうがない人ね。ちょっと待ってなさい。」
 そう言うと、クエンティンは部屋を出て行った。

9:30
 マヤはもがいてはみたものの、縛られた縄はきつく解ける気配はない。短剣の様な刃物
がなければ手足の自由を取り戻すことはできない。
 しかし、マヤは白魔道士のため、刃物を持つ事は禁じられている。
 助けを呼ぶために大声を出してはみたものの、結果はむなしく返事は返ってこない。
 自力で立ち上がろうともしてみた。しかし、膝と手首がつながっているため立ち上がる
事もできない。
 この状況では逃げられそうになかった。
 
9:46
 しばらくしてクエンティンが返ってきた。クエンティンは1人のタルタルを連れて来た。
 そのタルタルはマヤ以上にきつく縄で縛られ、その上に目隠しと猿ぐつわまで噛まされ
ている。残酷な風景だった。
「このタルタルはね。初心者から中級者くらいの冒険者を騙してはギルを巻き上げる、い
わゆる詐欺師なのよ。可愛い顔して怖いわね。」
 クエンティンはタルタルを見下している。
 このタルタル、一応息はある様だが微動だにしない。抵抗するのはとっくに諦めている
ようだ。
「そこまでは良くいる詐欺師なんだけど、分をわきまえずにサンドリアのとある侯爵の息
子さんに詐欺をしかけたのよ。
 そして、暗殺命令が下っている。」
「暗殺!?」
 マヤは暗殺の一言に機敏に反応する。
 クエンティンは背負っている両手鎌を構える。
 そして、マヤの目の前で振りかぶると、そのタルタルの背中を突きさした。すると、そ
のタルタルは赤い閃光を発したあと、跡形もなく消えてしまった。
「……な、なに?」
 マヤは目の前で起きた異常な事態に悲鳴を上げるのも忘れ、ただ驚くだけだった。
 クエンティンは再度マヤを覗き込んで同じ質問をする。
「今日の選挙、棄権しなさい。」
 先ほど聞いたセリフだが、全く別の言葉のように聞こえた。
 マヤは今、目の前で起きた事態を理解しようとしているが、余りに異常なため全てを理
解することができない。
 現時点で分ることは、このミスラが自分は持っていない特殊な力を持っているというこ
とだ。
 脅迫はされているが、自分はまだ両手鎌の餌食になっていない。自分を暗殺すれば破棄
も何もないからだ。何か理由があるのかもしれない。
 焦ってはダメだ。マヤはこのミスラから情報を引き出すことにした。
「い、今のタルタルはどうなった?」
「んー?いなくなったわね。」
 クエンティンは適当に答える。
 しかし、「いなくなった」の一言はマヤの恐怖を一層掻き立てる。
「いなくなったでは分らないわ。いったいどういうことなの?」
 凄味を加えて聞くが主導権はクエンティンにある。あまり意味は無い。
 クエンティンは腕を組んで少し考える。さて、この娘にどこまで話していいものだろう
か?
「どういうことなのかぁ〜ねぇ〜。消滅したと言えばいいのかしら?今のタルタルがこの
ヴァナ・ディールの世界にいたという記録は全て消えているわよ。」
 クエンティンはへらへら笑いながら答える。
 これはクエンティンの心理的策略の一つで、常識を逸脱したことを平気に、しかも不気
味に言うことにより相手の恐怖心をいっそう掻き立てる。これにより相手の判断能力を鈍
らせる狙いがある。
 しかし、クエンティンの策略にマヤは乗らなかった。それどころか、マヤは自分がなぜ
暗殺されないのかを悟ることができた。
「……なるほど。カレンね?」
 この一言で口を酷く歪めて笑うクエンティンが真顔に戻った。
 クエンティンは自分が一言多かったのと、マヤの力量を読み間違えた自分を叱咤する。
「……ふぅ。その通りよマヤ候補。さすがは筆頭候補だけあって頭が回るわね。」
 クエンティンはポケットから1枚の紙を出す。
『7:29 メッセージ送信 forカレン
 本文:もし何かあったら、この事を一人でも多くの人に伝えて。』
 クエンティンが差し出した紙にはこの様に書かれていた。
 マヤには見覚えがある。それは2時間ほど前にカレンに送ったメッセージだった。
「貴女のお友達。このメッセージ通りに行動してくれたみたいよ。」
 そう言いながらクエンティンは部屋にあるテレビのスイッチを入れる。
 その直後、映し出されたのは画面いっぱいのカレンの顔だった。

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