7:00
 飛空挺はある程度の高度を取ると、その甲板に上ることができ外の風景を楽しむことが
できる。
 しかし、楽しめるのは飛空挺パスを取ったばかりの冒険者だけで、乗り慣れると甲板は
向かい風とプロペラ風で寒いだけの場所になるため登らなくなる。
 そのような余り人気の無い甲板に上っている冒険者が1人いた。彼女は新米冒険者じゃ
ない。登っているのはベテラン冒険者を語った、サンドリア国王おかかえスイーパーのク
エンティンだった。
 クエンティンは甲板で鎌を素振りしていた。その鎌は攻撃した相手の存在自体を抹消す
る特殊能力を持つ追憶の戦器ヘルロンドである。
 このヘルロンドはサンドリア国王より直接手渡されるスイーパーの証であり、歴代スイ
ーパーが使って来た。
 今のスイーパーであるクエンティンは七代目スイーパーで、先代のスイーパーはクエン
ティンの母親であった。
 ヘルロンドを天に突き上げるように下から上へ振り上げるように素振りをする。
 クエンティンが幼いころから母は冒険者と聞かされて育ち、事実、母は有名な冒険者で
あり人望も厚かった。クエンティンはそんな母に憧れて自分も冒険者となった。
 しかし、今から3年前にクエンティンが16歳になった夏に突然、母は冒険者を引退した。
クエンティンに自分がスイーパーであることを告白し、その座を継いでほしいと言ってき
た。
 それは自分の所属国の国王たっての希望でもあったため、サンドリア国民であるクエン
ティンは断ることができなかった。そして、クエンティンがスイーパーを継いだとたんに
母はセルビナに隠居をし、今も引退の理由を聞かされてはい。
 クエンティンは引退の理由が体力的ではないのはすぐにわかった。ならば理由はスイー
パーとしての理由であろう。その理由を探るため今もスイーパーを続けている。
 クエンティンは鎌を大きく素振りする。まるで鎌で円を描く様に優雅に素振りをする。
 スイーパーとなったクエンティンはすぐに仕事の厳しさを知る。
 まず誰にも見られてはいけない。そのためターゲットが人気のない所に移動するのを待
つか、時には誘拐したこともあった。そのあとは国王の勅命通に、時には情報、時にはア
イテムをターゲットから奪取すると、最後はヘルロンドを胸に刺すだけであった。
 存在自体を抹消とはいってもあっけない物である。抹消されても周りの人間や親しいフ
レンドは、きっと何も言わずに引退したのだろうと片付けていた。
 とても仲の良いフレンドであっても、恋人同士であっても、その程度で片付けていたの
を垣間見たクエンティンはヘルロンドの本当の恐ろしさをしっていた。
 今度はヘルロンドを縦に切り降ろす。風を切る鋭い音が聞こえ、華奢なミスラの体にも
確かな力を感じさせる。
 普段、ヘルロンドは自室の、しかもそう簡単にはわからない所に隠している。
 隠している理由は3つある。
 1つは、スイーパーとヘルロンドを継いだ時からの確約であるから。
 1つは、ヘルロンドのその特異な能力に魅せされないようにするため。
 そして、最後の1つは、ヘルロンドを構えることによるペナルティーを知っているから
だ。
 一筋の汗がほほをつたう。
 母がスイーパーとしてクエンティンに教えてことはただ1つ。
「迷うことが隙になり死につながる。」
 母はいったい何があったために引退し、隠居しているのか。
 今度の勅命で答えがあるかもしれない。
「お客さん。そろそろジュノ着くから客席に降りてくれ。」
 客席につながる階段から少し顔を出した船員が声をかけてくる。 「えぇ。わかったわ。」
 クエンティンはヘルロンドを背中に背負うと小走りで階段にむかった。
 階段を降りて、近くにあった客席に座ると飛空挺は細かく揺れだしてきた。着水する合
図のようなものだ。
「迷うことが隙になり死につながる。」
 クエンティンは窓の外を眺めながら小さく小さく呟く。

7:30
 飛空挺がジュノ港に到着するやいなやクエンティンは飛び降りて走りながら移動する。
 ブルーゲイル商会の情報だと8時からマヤはジュノ下層で取材を受けるが、きっとその
数十分前にはジュノ下層に到着しているであろう。今からでは間に合わない。
 ならばチャンスは取材が終わった後しかない。取材後のマヤのスケジュールが分からな
いからである。
 取材といっても数十分、どんなに長くても1時間もすれば終わるであろう。それまで下
準備するのが得策と判断した。
 とはいっても時間は少ない。クエンティンがまず向かったのはジュノのレンタルハウス
だった。

7:38
「おかえりなさいクポ〜ご主人さま。」
 レンタルハウスに入ると、普段はサンドリアの自室にいるモーグリーが出迎えた。
「モグ、自室の花瓶みてきて。」
 レンタルハウスを使うとはいっても自室においてある家具までもってくるわけにはいか
ない。そのため花瓶に活けている植物の世話はモーグリーが自室にワープして世話をする
のである。
「わかったクポ〜」  するとモーグリーはクルクル回ると消えてしまった。
「これでよし、と。」
 腰に手を当てて一息つくとクエンティンはポストを開けた。
 するとポストの中からヴァナディール紙幣が飛び出して来て床に落ち、床に紙幣の山が
できた。この紙幣全てがサンドリア王国から秘密裏に送られてきた物で、今回の勅命の必
要経費としてクエンティンの判断で自由に使えるギルである。
 クエンティンは、それらのギルを拾い集めると雑に束ねて鞄の中に放り込む。
 そしてモーグリーがレンタルハウスに戻ってくる前に外に出て行った。

7:48
 クエンティンはジュノ下層を歩いていた。
 今の下層は昔の活気を取り戻したかのように人であふれ、肩と肩がぶつかりながら歩く
しかない。これも今日行われるジュノ下層知事選挙の影響である。
 クエンティンは大通りをはずれ店にはいった。
 その店は海神楼と呼ばれる宿泊施設と簡易食糧を売っている。
 クエンティンの前に他の冒険者が海神楼に入った。
「ようこそ海神楼へ。」
 受付のミスラが会心の笑みせ冒険者を向かいいれる。
 どうやらクエンティンの前に海神楼を訪れた冒険者は選挙のためにジュノに来ていて宿
泊施設を探しているようだが、この騒ぎのため満席と言われ落ち込んでいる様子だ。
 クエンティンは落ち込んでいる冒険者の後ろを通る。
 周りには他の受付ミスラがいるが、そんなことはお構いなしにクエンティンは海神楼の
奥に進む。
 すると他の宿泊客はすっかり見えなくなったころに、ポツンとある扉にたどりつく。
「お待ちしていました。クエンティン様。」
 クォンやミンダルシアでは余り見ない赤を基調にした鎧を着るヒュームが出迎える。
「ブルーゲイル商会でご注文なさいました品物はすでに用意できています。」
 そういうと、赤の鎧のヒュームは扉の鍵を開けてクエンティンを招き入れる。
 この先からは完全会員制ショップ天晶堂。ごく限られた冒険者のみが会員になれるショ
ップである。

7:55
「こちらがご注文なさいました物です。」
 応接間に通されたクエンティンは、先に出されたサンドリアティーとミルフィーユをつ
ついていた。
 赤の鎧のヒュームは雄羊のなめし革で作られた手さげ鞄と書類が入った封筒を差し出す。
 クエンティンは、まず封筒に手を伸ばす。
「これで全部かしら?」
 そういいながら中の書類を引き出す。
 一番上には女性の写真が入っている。それも色々な角度から撮られている。その女性は
今日の選挙の筆頭候補マヤである
。  写真だけではない、フレンドリストのコピーに競売所の入札落札履歴・送受信されたメ
ッセージ・LSの主要メンバーリスト・良く行動を共にするメンバー・最近組まれたパーテ
ィーメンバー等、本来厳重に扱われなくてはいけないマヤの個人情報の山である。
「はい。今日の7時までの記録です。」
 そういうと赤の鎧のヒュームは書類の末尾を指さす。そこには「6:40 バストゥーク港
飛空挺乗船」と書いてある。
「なるほどね。」
 クエンティンは相槌を打ちながら書類をパラパラめくる。
 すると応接間がノックされる。
「失礼します。こちらは追加情報です。」
 同じく赤の鎧が入るや否や、1枚の紙をクエンティンに手渡して早々に出て行った。
 クエンティンは訝しげに手渡された紙を見つめる。

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