8:00
 とりあえず書類の詰まった封筒をテーブルに置いたクエンティンは、雄羊のなめし皮で
作られたカバンを手に取る。
「あ、念のため丁寧に扱ってください。」
 赤い鎧のヒュームはクエンティンを諌める。
「こちらの爆弾の説明をさせていただきます。」
 赤い鎧のヒュームは明らかに爆弾と言ったがクエンティンは全く動じない。
 きっとクエンティンの注文に間違いはなのであろう。
「まずはご注文通り、リモコンで爆発を遠隔操作できるようになっています。こちらです。」
 赤い鎧のヒュームは電池とスイッチと回路をビニールテープでぐるぐる巻きにしてあるリ
モコンをクエンティンに手渡す。さすがにスイッチにはカバーがしてあった。
「それで。威力は注文通りにしてあるかしら?」
「はい、勿論です。クエンティン様のご注文通り、この爆弾に殺傷能力はありません。耳
を劈く程の爆音と、それと同時に煙幕が発生するように作ってあります。」
「うんうん。よろしい。」
 クエンティンは頷くと、鞄から帯が付いたままのヴァナ・ディール紙幣の束を、それを5
束、赤い鎧のヒュームの前に置く。
 並の冒険者でも早々手にできない金額である。それを簡単に支払うのは口封じの意味も
あるのだろう。
「毎度、ありがとうございます。」
 そういうとヒュームは紙幣束を持って部屋から出て行った。
 クエンティンは残り一口になったミルフィーユを口に運びながら部屋にあるテレビを付
ける。そして、チャンネルを何回か変えるとニュース番組に止める。
「はい。ここに来られている他の候補の皆さんは、私と同じくヴァナ・ディールの世界を
今より良くしたいと考えている方々です。」
 そのニュース番組では、丁度マヤが演説しているところだった。
 背筋を伸ばして凛とした瞳で演説するマヤは、クエンティンにも好印象を与える。しか
し、私情を挟むことが許されないスイーパーにとっては、なんの意味もなかった。

8:19
 クエンティンは片手に爆弾を持って海神楼からでる。外は人ごみに溢れている。
「おい。吟遊詩人の酒場にマヤさん来てるってよ。見に行かないか?」
「お前マヤ派?俺はアルトニオ派なんだよね。」
 クエンティンは周りの話声を聞きながら歩く。
「ふん、野次馬か。」
 小さく呟くと、人が少ない所を選んで歩いて行った。
 とはいえ、人が多いことに越した事はない。自分の仕事がやりやすくなる。
 クエンティンは、今マヤがいる吟遊詩人の酒場の方向へ歩いて行く。

8:26
 吟遊詩人の酒場に着くと、野次馬の数は更に多くなった。ジュノ選挙管理委員が野次馬
を制止している。野次馬もちょっとした有名人を一目みたいと躍起になっている様だった。
 クエンティンもその野次馬の輪の中に入る。顔は鋼鉄のサリットで隠れているが、心底
嫌そうに口を歪める。
 扉の隙間からマヤの顔が見えたし、この野次馬の数からしてマヤは酒場の中にまだいる
と判断した。
 それだけ分かれば十分と、野次馬の輪から出てくるクエンティン。打って変わって人の
いない海が見える街灯の近くまで引いてきた。
 人ごみは嫌いだった。特に、ヘルロンドを佩いている時はよっぽどの事でないと人ごみ
は避けるし、全身を鋼鉄の鎧で固めなければならない。
 これは、ヘルロンドを持つ事により発生するペナルティーのためだった。
 クエンティンは丁度近くにテーブルとベンチがあったので、それに腰かける。
 クエンティンの計画はこうだった。
 マヤが酒場から出てきたら、殺傷能力のない爆弾を起爆させて周りをパニックに落して
注意をそらす。
 そしてマヤに近づき当て身をして気絶させる。
 その後はマヤの肩を持って、あたかも爆発に巻き込まれた被害者を介抱しているかのよ
うに場を離れて、あらかじめ借りておいている天晶堂の一室に運びいれる。
「楽勝ね。」
 計画を練り返しているクエンティンは呟く。
 これだけ人も多い。失敗する要素は何もなかった。

8:45
 しばらくベンチでマヤを待っていると、急に野次馬の声が多くなった。
 クエンティンが酒場の方を向くと、野次馬の隙間からアルトニオの姿が見えた。
「そろそろね。」
 クエンティンは爆弾の入ったカバンをベンチの陰に置くと野次馬の方へ歩いて行く。
 クエンティンは野次馬を装って酒場に近づく。ジュノ管理委員の手腕が良かったのか、
候補者が通れるくらいの道が確保されている。
 アルトニオのすぐ後からマヤが出てきた。
 クエンティンは慌てずに様子を見る。マヤとあと隣にいるタルタルと話をしている。天
晶堂から買った資料によると、カレンという人物だろう。メッセージのやり取りやパーテ
ィーを組んでいる回数が圧倒的に多い。
 マヤとカレンが歩き出す。この方向だとレンタルハウスだろう。
「ここだ!」
 クエンティンが片手に持っていた起爆装置を機動させる。
……ズドン!
 ベンチの方向から、鼓膜が破れるかと思うほどの爆音を白い煙が周りを包む。
 起爆装置を捨てると野次馬の間を縫ってマヤに近づく。
 爆発で回りが混乱しているが、クエンティンは気配を消し去ってマヤに近づく。
……ドス
 マヤの腹部に当て身を食らわせる。確かな手ごたえ。
 マヤは両目を見開き僅かに硬直するが、すぐにクエンティンにもたれかかってきた。
 冒険者でもあるマヤだから多少体を鍛えてはいるが、プロのスイーパーであるクエンテ
ィンの当て身である。悲鳴ひとつあげることもなかった。
 もたれかかったマヤの肩を持つと、すぐにその場を離れる。万事計画通りだった。

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