6:00
 ドラギューユ城の地下にあるボストーニュ監獄の長い回廊を歩く騎士がいた。
 1つ目の扉を開けると騎士の顔を見た監視役の騎士はすぐさまサンドリア式の敬礼をす
る。入ってきた騎士は同じ敬礼で返事をすると2つ目の扉を開ける。扉を開けた騎士は例
外なく目を細める。薄暗い回廊からこの明るい部屋に入るのだから当然だ。
 部屋に入った騎士は全身を白の甲冑で身を包み、剣と盾を佩いている。神殿騎士団団長
であるクリルラである。彼女は毎日、国務の前に6時から約1時間の間ウエバーに剣の稽
古をつけている。
「おはようございます。ウエバー様。」
 とっくに準備を終えて待っていたウエバーに一礼をする。
 ウエバーはタルタルとエルヴァーンのハーフという非常に特殊な生い立ちのため、実験
素材として幽閉されているのだからサンドリア王国の国民というわけではない。しかし、
ウエバーの存在が他国に漏れた時の為に彼は国賓という建前の上で、あくまでサンドリア
に滞在しているということになっている。
「おはようございますクリルラさん。早速始めましょう。」
 そう言うとウエバーは剣術修練施設のある部屋に入って行った。
 ウエバーは剣や杖が山積みになっている中から片手剣を無造作に取り上げて、クリルラ
の方に向き直った。それと同時にクリルラも抜刀する。
 ウエバーはクリルラの指導により、かなりの剣の使い手に成長している。そのため、型
や素振りを見て指導するより、直に手合せする方が経験になるというのがクリルラの稽古
方針の様である。
 ウエバーは刀身が長く細いフーレ系の剣を右手に持ち、その手を胸の前まで上げ、相手
から見ると刀身と顔が重なるように構える。
 一方クリエラは普段から愛用しているミスリル製の刀身は肉厚で重量もあるが、剣の重
心が中心近くにあるため、女性でも使いやすく威力も高い。それを右手にもつと刀身をす
っかり下に降ろし右腿に構え、左手には盾を構え防御にも重点を置いている。相手の攻撃
を受け反撃を返す、もっともスタンダードなサンドリア式剣術の構えである。
「真剣勝負」
「真剣勝負」
 ウエバーとクリルラがほぼ同時に言う。稽古とはいえ真剣を使うため相手にケガを負わ
せたり、ひどくすると殺してしまうかもしれない。そのため、互いに恨みを残さないため
に意思表示するのである。
 先に動いたのはウエバーで、無造作に間合いを詰めてくる。そして後3歩というところ
でウエバーは急に腰を落とし素早く間合いを詰めると同時に突きを繰り出してきた。甲冑
で身を固めているクリルラには甲冑の甲殻と甲殻の間を狙いすまして突くしかないからで、
そのためにフーレを選んだのであった。
 クリルラは胴と脚の間にあるわずかな隙間を狙ってきたウエバーの突きを盾で素早くか
わし、ミスリルの剣でフーレを払おうとしたが、ウエバーは1歩身を引く。ウエバーが引
いたのはフーレで受太刀をすると折れてしまうかもしれないからだ。
 しかし、甲冑をつけず、武器も軽いフーレを使っているウエバーである。極接近戦は彼
の方が有利だ。
 ウエバーはクリルラの左へ身を流しながら細かい攻撃を幾度も繰り出す。クリルラは以
前、剣術大会で左目を失っているため、左側が死角になっているためだ。クリルラは左手
に盾を持っているためウエバーの攻撃はすべて受け止めているが、なかなか反撃できない
でいた。
 そのままウエバーは何合も攻撃を繰り出しながらクリルラの左へ入ろうとする。すると
突然、ウエバーのフーレから炎があらわれ、盾で攻撃を受けると盾がわずかにコゲついた。
「まさか、エンファイア?」
 クリルラがわずかにつぶやく。
 それがわずかの隙になってしまった。クリルラがウエバーを見失ったのだ。
「!? くっ」
 一瞬であった。クリルラがバランスを崩し転倒する。
 ウエバーは突然発動したエンファイアに驚いたクリルラの隙をついてクリルラの右側に
回り込んだのだ。死角にはなっていないはずの右目側だがウエバーの執拗な左への攻撃に
気を取られて右への注意がすっかり薄れていた。そして、ウエバーが右側に回り込むとク
リエラの右足に足払いをくらわせた。
 手を付いて倒れるクリルラにウエバーはフーレの先端をクリルラの顔の前に突き出す。
「ま、まいりました。」
 驚きが残る声でクリルラがいった。
「いーよし!クリルラさん、初めて勝ちましたね!」
 ウエバーは剣をどかし、クリルラを起こしながら喜びを声でだす。
「驚きました。詠唱無しで魔法を発動させるなんて。」
「ノースタンスキャスティングと名づけました。これで詠唱中に行動を制限されることは
ありません。ここ2年間の研究の成果です。」
「……そうでしたか。」
 聞いておいてクリルラは余り興味がないようだ。いや、クリルラは何かに気を取られて
いるように見える。
「ところでクリルラさん。あの約束覚えてますよね?」
「はい。もちろん覚えています。」
「剣で貴女に勝ちました。約束通り僕の両親のことについて教えてもらえますね?」

6:38
 魔法を発動させるには術者が精神集中し、詠唱をしなければならない。その為、術者は
敵から攻撃を受けたり、移動をすることによって詠唱が中断され詠唱が完了されず魔法が
発動しない。しかし、ウエバーは詠唱中にどのような行動をしても決して詠唱が中断さて
ることがないノースタンスキャスティングを編み出した。魔法に特化するタルタルと剣術
に特化するエルヴァーンのハーフであるウエバーだからこそできる芸当だ。
 ウエバーとクリルラは水の入ったコップが置かれているテーブルを間にし、向き合うよ
うに座っている。
「ところで、聞いておいて何なのですけど、僕に両親の事を話すのはマズいんじゃないで
すか?」
 ウエバーは生まれてこの方、両親に会ったことがない上、今まで教師や牧師など色々な
人物がウエバーに会ったが誰一人として両親の事を教えてくれなかった。そのため、クリ
ルラから聞き出すと何かしらの咎めがあるのではないかとウエバーは心配した。
「はい、確かに止められています。ですがウエバー様は知っておかなければならないと思
いまして、十分に力を付けられてから教えようと思っていました。」
 クリルラはウエバーをまっすぐ見据える。
 クリルラには神殿騎士団団長という地位を持ちながらウエバーに咎められている事を話
そうとしている。クリルラはとっくに覚悟できている様だった。だからその覚悟を無駄に
しないために、もう何も言わず話を聞くことにした。
「ウエバー様のお母様の事はよく知っています。あなたのお母様、ミレポック先生は私の
剣の師匠でもあります。」

6:43
「ミレポック先生はサンドリア随一の剣の使い手でした。私なんて足元にもおよびません。
先生は南サンドリアに道場を持ち、師範であり王国の指南役でもありました。」
 クリエラは少し懐かしそうな顔をしながら話しだした。
「先生はある時、国王からウィンダス領にあるヤグードの巣窟であるギデアスに調査隊の
護衛役のミッションを受けました。
 ヤグードの生態の調査でしたが、所詮ヤグードごとき先生の敵ではありません。調査は
トラブルなく終わりました。その時、ウィンダス側が派遣した研究者がウエバー様のお父
様であるアルヴィンさんです。」
 ウエバーは話に聞き入っている。本でウィンダスやヤグードは知っているが実際に見た
ことはない。それどころか、この時初めて両親の名前を知った。
「先生とアルヴィンさんはお互いに一目惚れだった様です。その時は外交の理由で話をし
た程度でした。
 ですが、先生がサンドリアに帰られるとほぼ同時に今度はオークの調査という名目でア
ルヴィンさんがサンドリアに来ました。そして、アルヴィンさんはオークの調査のためと
してサンドリアに滞在を希望し、先生は面識があるのを理由に下宿先に名乗り出ました。
 これはもう2人の間ですでに話ができていたのかもしれません。」
 自分の両親の馴初め話であるが、ウエバーにはどの様な小説よりも面白かった。
「それから半年ほどして先生は妊娠されました。
 以前から先生は他の男性との交流は少なかったためアルヴィンさんとの愛の子であるの
はすぐに分りました。そのころはまだ今とは違い、他種族間、他国間の恋愛は良とはされ
ていません。ましてや妊娠は論外です。そのためアルヴィンさんはウィンダスに強制送還
され、その後アルヴィンさんはどうなったか私には分りません。
 そして先生はボストーニュ監獄に監禁され、そこでウエバー様が生まれました。」
 ウエバーは目をつむる。きっとその情景を思いうかべているのだろう。
「ウエバー様が生まれると先生はウエバー様を抱きサンドリアから逃げ出そうと必死に、
それは凄まじい抵抗をしました。私もその場に居合わせていて、先生を止めようとしまし
た。しかし、先生はサンドリア随一の達人です、剣を持っていない上に、片手にウエバー
様を抱いていても相手になる騎士はいませんでした。
 ……ですが1人のミスラが姿を現すと顔色をかえました。
 それが誰だか分りませんが先生は抵抗を辞め、そのミスラと取引をしました。先生は国
外追放され、以後一切サンドリアに干渉しないことを条件にウエバー様の身の安全を約束
されました。そして先生はサンドリアを去り、その後はわかりません。」
 クリルラは一息つく。
「これが私の知るところの全てです。」
 しばらく沈黙が続いた。ウエバーは今の話を頭の中で整理しているようだ。
「ちなみに、そのミスラって何者なのだか全然わからないんですか?」
「はい、神殿騎士団にも王国騎士団にもミスラが在籍した記録はありませんし、今でもそ
うです。
 ……ただ、特殊な両手鎌を背負っていたのを覚えています。」
「なるほど、話してくれてありがとうございました。」

6:55
「私に勝てたのですから、私が教えられる事はもう何もありません。」
「いえ、あれは不意打ちですから。2度は通用しないですよ。」
 するとクリルラは小さな短刀を取り出してウエバーに渡した。
「これは我が家が代々受け継いできた家宝です。どうか受取ってください。」
「え?そんな大切なもの受け取れないです。」
 ウエバーは受け取ろうとしないが、かまわず押しつける様に渡す。
「その短刀は追憶の戦器ファウストと言います。ファウストを持ち精神集中し、その名を
呼ぶと6秒間だけ時間を止めることができます。この能力を使っても2時間したら再度こ
の能力は使えます。」
 そういうと、クリルラは部屋から出ようと扉に向かい歩きだした。
「これはあの時、先生を助けることができなかった罪滅ぼしです。ウエバー様は十分に力
を付けられました。もう何も心配ありません。外の世界に出る時です。」
「あ、ありがとう。クリルラさん。」
 ウエバーは慌ててクリルラを追いかけるが、クリルラは止ろうとしない。
「ちなみに。7:20から神殿騎士団と王国騎士団の同時朝礼が中庭で行われます。その間、
兵舎は誰もいなくなくなりますから。」
 クリルラはドアノブに手をかけると、振り向いてこう言った。
「そう。あのミスラの持っている特殊な両手鎌……あれもファウストと同じ追憶の戦器の
シリーズだと思います。あの両手鎌の刀身にファウストと同じ、リンゴと蛇の模様が彫ら
れていましたので。」
 そう言い残すと、クリルラは出て行った。
「……ありがとう、クリルラさん。お世話になりました。」
 ウエバーは扉に向かって呟いた。

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