7:00
 クリルラは自分に外に出よといった。それだけか、兵舎が手薄になる時間まで教えてい
る。その上、自分の家宝である追憶の戦器ファウストという特殊な短剣を渡されている。
 これは、神殿騎士団団長としたら明らかに違反行為であり、下手したら謀反になるかも
しれない。
 しかし、その危険を冒してまでも自分に外に出よといった。
 追憶の戦器ファウストの能力を6秒間だけ時間を止めることができる。
 6秒は短い、短すぎるだろう。しかし、この能力を最大限に生かすことができれば、ボス
トーニュ監獄から逃げ出せるかもしてない。
 脱走を図り、見つかれば次はないだろう。きっとファウストも没収されてしまう。
 ウエバーの決意はすぐに決まった。クリルラの好意を無駄にすることはできない。
 ウエバーは準備に取り掛かる。もつ装備は最小限にし、武器は使い慣れているフーレを
佩き、装備は機動性を重視したレザー系の装備にする。
 脱走の手順は、まずファウストを使い時間が止まっている間に監視役の騎士に気付かれ
ないよう、2つの扉を抜ける。これならなんとか6秒で足りるだろう。そのあとはボストー
ニュ監獄を抜け、手薄になっている兵舎の前を通過、そのままドラギューユ城の門を抜け
る。
 うまくいったとする。そうすれば、自分の脱走が見つかるのは朝食の時間の8:15にな
るだろう。それまで約40分の猶予がある。それまでにサンドリアから出て、ロンフォール
に抜けてしまえば簡単には発見されないであろう。 「よし。こうなったらやるしかないな……!」
 ウエバーはファウストを右手に持ち、精神集中する。

7:18
 ウエバーは精神集中する。今にも魔法を発動させそうだ。そして眼を見開き、持ってい
る追憶の戦器を呼ぶ。
「ファウスト。」
 何かが変わったのか。いや、時間が止まったなら変わる訳がない。しかし、分るのはい
つも体に触れている……空気が変わったというのか?空気が止まった気がする。きっとこ
の妙な感覚が時間が止まるということなのだろう。
「よし。いける!」
 ウエバーは急いで扉を開ける。
 扉は簡単にあいた。いつも鍵がかかっていないのは知っていた。仮にもウエバーは国賓
級の客人である。ウエバーの意に反して鍵をかければ、サンドリアは国賓を監禁している
ことになるからだ。
 扉の前に立っていた騎士は何も反応しない。ウエバーは構わず2つめの扉を開け、強引
に閉める。
 閉めた時、丁度6秒たった。
 するとウエバーの体に激痛が走る。それと同時に「よし。いける!」と、いうフレーズ
が早送りされているように聞こえる。
 そして盛大な音を立てながらドアが開閉したかと思うと、ウエバーが通った後に暴風が
吹く。
「うわ!なんだ!」
 暴風に吹かれる監視役の騎士は悲鳴を上げる。そして、不意を突かれた騎士は暴風にな
されるがまま体を壁に強く打ちつけられる。その衝撃で気絶してしまった。
「くっそ。これは時間と止めるというより、6秒間凄まじい速さで行動できるって感じだな。」
 ウエバーの考えは正しい。6秒だけだが時間を圧縮して行動することができるのが、本当
のファウストの能力である。
 そうすると説明がつく。激痛は6秒間体を動かした反動をまとめて受け、暴風は動いた
分だけ空気の振動がまとめて風になった。 「しかし、出鼻っから計算ミスか。」
 それは監視役の騎士が気絶したことだ。
 これにより、いつウエバーの脱走が明るみに出るか分からなくなった。8:15までに騎士
が意識を取り戻したら、その時点で脱走が発覚する。それが1分後なのか朝食の時間まで
気絶しているかは、ウエバーにはわからない。 「とにかく。脱出しなければ。」
 ウエバーはボストーニュ監獄を走る。

7:32
 ウエバーの頭の中には、本で学んだボストーニュ監獄の地図があった。そのため、1歩だ
って迷うことなく監獄を抜けることができた。今はわずかなロスも惜しい。
 ボストーニュ監獄とドラギューユ城をつなぐ通路に兵舎があるが、クリルラの情報通り
人の気配は感じない。
 その通路を抜けると、ドラギューユ城のエントランスホールに抜ける。そこも今は誰も
いない。ここまで城が手薄になるのは朝礼の時だけであろう。
 朝礼はいつ終わるか分からない。ウエバーはドラギューユ城の正門から外へ出た。
「うわぁ……」
 外に出たウエバーは思わず感嘆の声を漏らす。
「空が……高い。」
 ウエバーが生まれて初めて外に出た時の感想は、どこまでも続く空の広さだった。
「っと、そんなことより今は逃げなくちゃ。」  一瞬だが足を止めた自分を叱咤する。
「よう。にいちゃん。ちょっと待ちな。」
「え?僕ですか?いま急いでいるんです。」
 ウエバーは一刻も早くここを離れればならない。しかし呼び止めたガルカに腕を掴まれ
ている。
「にいちゃんウエバーってんだろ?俺はマットアラスト。クリルラから話は聞いていない
か?」
 クリルラの名前を聞いて足を止める。クリルラは自分を逃がしてくれた唯一の協力者だ。
「かぁーっ。その顔じゃ聞いていないな。まったく肝心な所を言い忘れるのはアイツの悪
い癖だな。
 俺はクリルラから、お前さんの手伝いをするよう言われているんだ。色々わからないこ
とも多いだろう。」
「え?助けてくれるんですか?」
「お。話聞く気になったみたいだな。だが場所が悪い。逃げる時に誰にも見つかってない
だろうな?」
「いえ……監視の騎士を1人気絶させてきた。」
「おいおい。気絶とは穏やかじゃねぇな。時間はないってことか。
 7:50に飛空挺が出る。ギリッギリだが飛び乗るぞ。」
「飛空挺!?ちょっと、僕は飛空挺パス持ってないんだ!」

7:47
「おらおら!走れ走れ!」
 サンドリア港を全速力で走らされているウエバーは、町を見ることもできずマットアラ
ストについて行くのがやっとだった。
「おぅら!あれが飛空挺だ。あいつに乗るぞ。」
「乗るって。どうやってですか?僕は飛空挺パスを持っていないんです。」
「なら裏ワザを使って乗るしかあるめぇ!」
 そういうとマットアラストをおもむろにウエバーを担ぎあげる。
「ちょ、ちょっと!何をする気ですか!」
「俺は狩人なんだ。投擲は得意だから安心しな!」
 マットアラストはプロペラが動き出した飛空挺に狙いを定める。
「あんまりジタバタするなよ。なぁに、お前さん軽いから大丈夫、だっ、ってぇ〜ぁ!」
「うわあぁ〜」
 ウエバーは美しい放物線を描きながら飛んでいく。そして、飛空挺の甲板に不時着した。
「あらよっと。」
 マットアラストは少し助走して飛空挺に飛び乗った。
「さらばだサンドリアの衆。ワッハッハッハッハ!」
 マットアラストは巨大な口を開け、大笑いをしていた。
 そして、マットアラストの笑い声と共に、飛空挺は高度をあげていった。

7:50
「こんなこして大丈夫なんですか?マットアラストさん。」
「おう、俺の事はマットでいいぜ。飛んでしまえば大丈夫さ。たとえお前さんの脱走がつ
かっても引き返しはしないよ。飛空挺はジュノの管轄だからな。」
「そうですか。それならいいんですけど。」
 安心したのか、そうでもないのか。ウエバーは不思議な気分になった。
「……うわ〜空から見ると世界って広いですね!」
「そうか、お前さん、今の今まで幽閉されてたんだってな。」
「はい。それにしても、これだけ高い所から見ると世界って丸みがかっているんですね!
星が丸いっていうのは本当みたいだ。」
「丸み?どれどれ。ほお〜良く見ると本当だな。」
 2人して体を乗り出して地平線を見渡す。ウエバーには何をみても新鮮だった。

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